覚醒した人とは


覚醒により究極の真実を知った人には、真実と真実でないものを識別することができます
これが覚醒した人と、自らのマインドが作り出すストーリーにはまって、「知らないでいる」状態の人との根本的な違いです。

アルーナに覚醒の確認を求める人たちの中にも、クンダリーニの完全な上昇という経験があっても、覚醒はしていなかった人がたくさんいたそうです。なぜならその経験を「個人のもの」として捉えていたからです。

覚醒とは、別の自分になるのではなく、本来の自分になることです。
ですから外側に求めるものは何もありません。ただ、師となる存在なしで辿り着ける人はほとんどいないでしょう。
なぜならそれほどエゴは巧妙だからです。

覚醒が深まるにつれ、宇宙の叡智を使えるようになるので、知らないはずのことも「わかる」という現象がしばしば起こります。
それを見透かされているようで怖いととらえる人がいます。
その反応は、自分の中に見られるとまずいと思っていることがあるからです。
多くの人は鎧をつけ、自分を覆い隠しています。

どうも苦手な人、どうしても好きになれない人がいるのは、自分の中の嫌なのところを、その人の中に見つけて起きる反応です。

覚醒した人があまりネガティブな感情に引っ張られないのは、その人の中に嫌な自分がいないからです。
それは、見ないふりをしているのとは根本的に違います。
覚醒した人の心は常に穏やかでも、瞳はキラキラと、いつも好奇心と喜びに満ち溢れています。
嫌な自分がいないから、他人の中に嫌な自分を投影させて腹を立てることがないだけのことなのです。

本来自分のなかに良い悪いはないのです。それは誰かに刷り込まれた概念です。
「しなければいけない」「してはいけない」というたくさんのマストを私たちは刷り込まれてきました。

自分の中にしてはいけないといわれている部分を見つけると、悪い自分がいると思ってしまいます。そしてちゃんとその概念に従える自分を良い自分だと思うのです。

他の人に嫌な部分を見せないように、心の中は嵐が吹き荒れていても穏やかな自分を演じ、そして疲れ果てるかもしくは相手のせいにしてしまいます。

覚醒に至るとは、良い自分もいなければ悪い自分もいないということがわかり、ただ自分がいる。それだけでいいということがわかることです。

覚醒した人があまり怒らないのは、覚醒して何か超人的な感覚を手に入れたのではなく、自分の嫌なところを他人に投影することがないからです。嫌な自分という区分がその人の中にはないからです。

ただ素直に自分のすべてを受け入れられただけのことです。
良い悪いの判断をしているのはあなたです。

その判断を手放すことで、自分のすべてを受け入れ、尊重し、大切にすることができるようになります。
常識を手放してください。

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2016-08-25 | Posted in スピリチュアルなお話No Comments » 

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